ネットが普及したことで人が失いつつある力
【記事執筆者】水川健人
コピーライター・マーケター。個人や中小規模ビジネス向けに、マーケティング戦略のアドバイスを主におこなっている。
【価値あるものが正しく認められるビジネス業界】を目指して日々活動中。

 

ネットが日本に普及し始めたのが1992年。

 

それから現代(2019年時点)まで、わずか27年という短時間で、
ネットは人々の生活から切り離せないものとなりました。

 

今では子供の頃から1人1台スマホが当たり前で、
小学校からネットの授業が行われる。

 

そんなネット中心に動く現代はたしかに便利で、
人々の生活を豊かにしていきました。

 

僕自身、ネットを利用したビジネスで起業し、
独立して生活していますから、
もう手放そうにも手放せないものとなっています。

 

しかし、便利になった一方で多くの人々から、
失われつつある力があるのです。

 

ネットが普及することで思考力が失われつつある

 

その力とは考える力、すなわち思考力です。

 

ちなみに思考力とは頭の良し悪しや記憶力などとは関係ありません。

 

ゼロから、あるいは何かの知識や情報を元にして、
新たに何かをひらめく力のことです

 

アイディアを生み出す力や答えを導く力と言っても良いでしょう。

 

そして、この思考力は全ての人が持ち、かつ鍛えられるものであり、
身体機能などと比べて個人差はでにくいです。

 

誰もが身につけている、身につけることができる力であり、
しかも自分1人の人生はもちろん、時には世界をも変えてしまう。

 

それぐらい大きな力を持っています。

 

例えば誰もが1度は聞いたことがあるトーマス・エジソン博士。

 

発明家として数々のものを生み出し、文字通り世界を一変させ、
さらには起業家として巨万の富を築き人生においても成功した、
世界の歴史にその名を刻んだ偉人です。

 

ですがトーマス・エジソン博士は正規の教育を、
わずか3ヶ月しか受けたことがないことをご存知でしたか?

 

8歳の頃に3ヶ月しか通っていない小学校を退学しています。

 

一般的な価値観に照らし合わせるなら、
決して成功できるような経歴ではありませんが、
現実には誰もがその名を知る偉人となった。

 

なれた理由を紐解けば色々な要素があると思いますが、
その1つに思考力、考える力があるのは間違いありません。

 

エジソン博士は数々のアイディアを生み出す思考力を持っていて、
それを発明という形で世に送り出す事で成功を収めたのです。

 

このように、思考力とは大きな力を持つものですが、
ネットの普及で人々はこの力を失いつつあります。

 

なぜネットの普及が思考力を奪うことになったのか

 

ではなぜ、ネットの普及で思考力が失われる、
人は考えなくなったのか?

 

それは、ネットの最大の利点である、
情報伝達速度の速さにあります。

 

では、ここで1つ質問です。

 

もしあなたが何かわからないことがあった時、
どのようにして答えを求めますか?

 

おそらくですが特に考えたりすることはなく、
ネットを開いて検索するのではないでしょうか?

 

Googleなどに知りたいことを打ち込めば、
数分もかからずに答えを得ることができる。

 

さらに現代では1人1台スマホ時代のおかげで、
外出中でも何でも関係なく検索できますから。

 

と、ここまで言えば察しがつくことと思いますが、
この数分で求めた情報が得られる、答えが得られるという利便性。

 

答えを求め考えるのではなく、答えを求め探すだけという環境が、
人が思考する機会を奪い、意識しなければ考えない、
という状況を作っているのです

 

そして、思考力も肉体と同じで使わなければ衰えていくものなので、
気づいたときにはちょっと考えるだけですごい疲れてしまう。

 

そんな状態になってしまうこともあるのです。

 

思考力が失われることの最大の悪影響

 

とはいえ、たとえ思考力が失われてもネットを使って、
大抵の問題や疑問に対する答えがみつかる。

 

であれば、わざわざ自分で思考する必要はない、
そんなのは遠回りだと考える人も中に入るでしょう。

 

ですが、全てがネットで解決するという状態になるには、
誰かがネットの情報の正しさや公平性を保証する必要がある。

 

ネット上の情報が正しく正確であることが明確で、
どんな情報でも閲覧できる公平性があってはじめて、
ネットに全てをゆだねて思考を放棄することができます。

 

でも、実際はそうではない。

 

どんな情報集積、発信媒体(例えばグーグルなど)も、
独自の規定等を定めていてそれに違反するものは、
そこから締め出すということをおこなっています。

 

これはつまり、その場の作成者や国の基準によって、
発信、受信できる情報に制限がかかるということです。

 

であるのに正しさや公平性が確実に保証されていると、
確信を持って明言できる人はいないのではないでしょうか?

 

いたとしてもそれは方便でしかないでしょう。

 

加えて、大半の情報は基本的に正解がありません。

 

例えば数学とか物理法則、統計などみたいに結果が明確で、
意図的に改竄されないかぎり正しい答えが用意されているものは、
ネット上で多くの人が見ればその正しさが保証されるでしょう。

 

ですが、どうあるべきかのべき論や善悪などの二項対立、
思想等の情報というのは明確に正しい答えはありません。

 

人の数、集団の数だけ正しいもの、都合の良い物があります。

 

そういった情報を受信者が一方的に受け取らさせられた時、
もし思考する力を持たず無条件で受け入れてしまったら?

 

誰かにとって都合の良い思想などのみを正しいと信じるように、
いつの間にか思考や人格までをも操られることになりかねない。

 

知らず知らずに洗脳に近いことをされているかもしれないのです。

 

これが、思考力を失うことの最大の悪影響だと思っています。

 

より良い結果を求めるなら思考力は必須

 

そもそも人間は、生物としては欠陥だらけです。

 

生まれてからしばらくは、他者の庇護がなければ生きていけず、
ささいなことが命の危機に直結することもあります。

 

成長した後も、ちょっとした衝撃で肉体は傷つき、
環境の変化で体調をくずしてしまう。

 

力も弱く、武器となるような爪や牙もなく、
体も大きいというわけではない。

 

過去における厳しい環境やその他の生物と比べれば、
とても生き残っていけるような存在ではありません。

 

ですがただ1つ、他の生物になくて人間にあったのが、
考えることに特化した脳、優れた思考力。

 

人は思考によって成長し、発展してきたのです。

 

自らの思考や心までもを自分以外の他人に伝えるために、
言葉や文字といった言語という概念を生み出し、
より正確な意思伝達を可能としました。

 

道具を生み出し、使用するというアイディアで非力さなどを克服。

 

加えて正確な意思伝達は1つの意思の元に高い統率を可能とし、
社会を形成することでより強大な敵に立ち向かい、
弱い者を守り、育むことを可能としました。

 

そして1番の恩恵は、言語があることで現在の意思伝達にとどまらず、
縦軸、過去から未来に対しての意思伝達も可能にすることで、
貴重な知識や情報を過去から未来まで脈々と受け継げたことです。

 

そうして、あらゆる知識や情報、アイディアを未来へと蓄積しながら、
現代のように繁栄した社会を築くにいたりました。

 

今では人生100年時代、1人が100年以上を生きる社会が、
当たり前のように訪れようとしています。

 

しかしこの繁栄が、繁栄を可能とした1番の力、
思考力を失わせつつある。

 

特に現代の日本はただ生きていくだけなら、
何も考えずただ働いていれば生きていけるような、
発展した社会を築いてしまいました。

 

加えてネットなど利便性を極めるようなものの登場で、
ますます思考する機会が減っているのです。

 

ですがもし、ただ生きていくだけではなく、
より良い結果を求める。

 

より良い人生を求めるのであれば、
思考することは避けては通れません。

 

思考によって生まれるひらめきやアイディアが、
より良い結果を求める大きなきっかけとなるから。

 

誰かから押し付けられるものではなく思考によって、
自分が形作る思想や進むべき方向性が、
人生を力強く歩んでいく活力になるからです。

 

なので、どれぐらい考えることに時間をかけているか
1度自分の1日を振り返ってみてください。

 

そしてもし、あまり時間をかけてないなと思うなら、
どこかで時間をとって思考する時間をつくる。

 

そして、それを習慣化してみてください。

 

それは必ず、より良い未来を築くきっかけとなるはずです。

 

 

では、今回はここまでです。

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